会員がつづる雅楽つれづれ
宝物から思い出に変わった龍笛

 私がいま吹いている龍笛は、20年ほど前に大学の先輩の紹介で、京都の雅楽器師から購入したものです。息の入り方や音色など、もっと良い笛をほしいと思う時もありますが、この笛はこれでとても気に入っている、私の唯一の龍笛です。
 この楽器と出会う前に、もう一管、忘れられない龍笛との出会いがありました。 それは、中学2年の時のことです。知り合いに勧められ、地元群馬での雅楽講習会に参加して、私は初めて雅楽というものを知りました。その時、
「せっかく習うのでしたら、やはり自分の楽器があった方がよろしいでしょう」
と、その人が所蔵の龍笛を格安で譲ってくださったのです。それは、竹でできたいわゆる「本管(ほんかん)」というものでした。
 私はその笛を持って講習会に参加しました。
「君、その笛、本管だねェ。スゴイねェ」
 講師の先生や、講習会の受講者に笛を見せるたびに、こう誉めてくれます。よく見ると、周りのほとんどの人の笛はプラスチックのものでした。その後も、練習会などで出会う人たちも同じように誉めてくれました。
 雅楽のことも笛のことも、当時はよくわかりませんでしたが、自分がそんな立派な物を持っているんだという気持ちや、それを譲ってくださった人、買ってくれた両親への感謝の思いから、その笛は私の宝物になっていきました。



 高校3年間のブランクを経て、再び雅楽に接するようになったのは天理大学に進学し、雅楽部に入ってからでした。
 私は中学時代から所持している、しかしその後あまり吹いていない、宝物の龍笛を引っ下げて雅楽部の先輩の部屋を尋ねました。
「雅楽部に入って何かやりたい楽器はあるの?」
「はい、中学の時少し龍笛を習ったので、龍笛をやりたいです!」
「楽器はどうするの?」
「はい、本管を持ってます! この笛です」
「どれどれ・・・・う〜ん、これは・・・・。まあ、とにかく続けるなら、ちゃんとした楽器で習った方が良いから、おれが京都の先生を紹介してあげよう。そこで笛を作ってもらうと良いよ。それまでおれが以前吹いていたやつを貸しておいてあげるから・・・」
 先輩の言葉を聞きながら、頭の中には中学の時の雅楽講習会で皆さんから掛けて頂いた言葉や、その管を譲ってくださった人の顔、買ってくれた両親の顔などが浮かんできました。
 その日以来、私の龍笛は「宝物」から「思い出の笛」に変わりました。それから1年後に、京都の雅楽器師の先生から、いまの笛を買いました。



 20年間笛を吹いて来て、少しは笛の良し悪しも分かるようになったいま、「思い出の笛」を改めて見てみると、さすがによい笛とは言えません。細いし、息も入らないし、ピッチもかなり狂っています。とても演奏会に使えるものではありません。
 しかし、なぜか手放すことはできないで大切に持っております。私を雅楽に導いてくれた楽器であり、いろんな思い出がこもっているからです。
 雅楽の習い始めの時に、癖のない良い楽器に巡り合えることはとても大切なことだと思います。でも、それ以上に大事なのは、「思い」のこもった楽器に出会えることではないでしょうか。
 楽器との出合いは、人ぞれぞれです。言わば一種の縁のようなもの。その縁を大事にして、出合った楽器と末永く、仲良く付き合っていくならば、違った世界が見えてくるのではないかな、と思うのです。
(by TANI)

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