「抜頭(ばとう)」

抜頭

【曲の由来】

 天平年間(729~749)に、林邑僧仏哲(りんゆうそう・ぶってつ)により、わが国に伝えられたものです。
 猛獣に親を殺された胡人(こじん)の子が、山野にその猛獣をさがし求め、ついに親の仇を討ち、歓喜する姿を模したものといわれています。また、一説には嫉妬に狂った唐の妃が髪をかきむしる姿を舞にしたともいわれています。
 この舞は、もともとは南都芝家(なんと・しばけ)の舞と言われています。

【舞振りについて】

 この舞は、右方(うほう)と左方(さほう)の二様の舞法が伝えられています。

○左方の場合
 曲の拍子は只拍子(ただびょうし)です。(6拍子)
 入場の出手(ずるて)ですが、その特徴は腰を落とし左右もしくは右左にギロリをする舞振りです。
 右側へ何度もギロリをしながら移動して、L字のごとく舞ます。ちょうど本座前に来たとき、変法となり舞台中央までギロリで帰り、L字になるまで舞台左前まで行い、変法で本座まで帰ります。舞人は、腰を下ろした状態が続くので非常につらいです。

 当曲の舞は、右方とまったく異なります。桴(ばち)は本座に置いたままで、立ったまま両手を左右に大きく開き、前屈みで包み込み、右手を回し、左手を回し、その後まっすぐ両手を上げて、上に両手を大きく開きます。これの右開き・左開きをしながら、舞台を右半円回り、変法で左半円回りします。その後、本座より桴を持って退場です。舞自体は、同じことの繰り返しですが、案外特殊な手付けですから、面白いと思います。

○右方の場合
 曲の拍子は夜多羅拍子(やたらびょうし)です。(5拍子)
 入場は、左方とは異なり、その特徴は腰を下ろして桴を舞台に付けること。面で下から 上を向くギロリがあることです。

 当曲の舞は、最初から拍子に合わせて動きます。舞振りの特徴ですが、両手を左右に振り回し、ギロリをしながら移動します。L字に移動し、腰を下ろし舞台上に桴を置き、面でギロリを左右・上にギロリ、その後髪をかきおろす仕草を行います。それから、変法で帰り、反対側まで行き、腰を下ろし桴を置き、左右・上にギロリ、髪をかきおろす仕草です。最後に、中央でそれを行い、桴を持ち退場となります。

 一応、左右の舞振りの説明を試みてみましたが、分かりやすく伝えるのはむずかしいものです。やはり、実際に生で見ることに勝るものはありません。ぜひ一度、機会を作ってご覧ください。  左方の舞は、楽部でも時折しか行われません。右方の舞は、よく上演されます。また、一般の団体でも行われています。
 奈良・春日大社で毎年12月15日~18日にかけて行われる春日若宮おん祭では、左方の舞を確実に見ることができます。

【装束について】

 装束は、左方も右方も同じです。裲襠(りょうとう)の文様が、抜頭の場合は前面と背面に二個の八藤の丸紋が付いています。周りを取り囲む毛縁(けべり)は、赤系でなく、多くは緑系か茶系の色です。
 その下に着る袍(ほう)は、多くの走り舞で使われるものとほとんど同じです。
 袴(はかま)は、裲襠の下地の文様・紅地に唐織物です。

【面について】

 面は非常に誇張した顔つきをしています。目は大きく、眉(まゆ)は大きく上向きに跳ね上がり、鼻は大きな団子鼻のものや鷲鼻のものがあります。口はへの字に歯をむき出しにしています。面自体が、強くすさまじい動きを持っています。髪は、絹糸を縒(よ)り紐(ひも) にしたものや、馬の毛を植え付けたものなど、様々です。

 近年、蘭陵王とともに良く演奏されています。一度ご覧ください。

(by きっさん)
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