「萬歳楽(まんざいらく)」

萬歳楽
「萬歳楽」は、唐楽(とうがく)で、曲の調子は平調(ひょうじょう)。拍子は延八拍子(のべやひょうし)です。

【曲の由来】

> この曲の由来は、諸説あります。
一、随の煬帝(ようだい・604~618)が、白明達に作らせたという説。
二、賢王の治世の時、鳳凰が飛来して、「堅王萬歳」と囀(さえず)る声を楽に、飛ぶ姿を舞にしたとも伝えられる説。
三、唐の宮中で飼っていた鳥が人語を解し、よく萬歳を唱えたので、武太后が「鳥歌萬歳楽」に作らせたという説。しかし、「鳥歌萬歳楽」は黄鐘調で舞はなく、間違って伝えられたのでしょう。
 左方四人平舞の代表的な名舞曲です。古来より皇室では天皇の即位に用いられます。祝い事・祝辞には、良く演奏される楽曲の一つです。

【舞の特徴】

 この舞は、左方の基本的な動作で構成されていますので、舞を始めると平舞(ひらまい)では最初のうちに習います。右手開(みぎてひらく)・左手開・右手伏(みぎてふせ)・左手伏・両手開・両手伏などの手の動かし方の基本的動作と共に、右足摺(みぎあしする)・左足摺・右足踏(みぎあしふむ)・左足踏・踊(おどる)などの脚の所作との連動性をも習うところがあります。代表的なところでは、右打入(みぎうちいれ)・左打入・両手打入などです。
 舞振りは、前半は正面が中心で舞われ、次第に拍子が早くなると、右へ左へと向きながら、後半は後ろ向きになり、終わりは正面 向きにて止めになります。

【左舞と右舞について】

 左舞(さまい)とは、左方の舞を略して言います。これは、左方、つまり、中国・ベトナム経由で日本に伝来したものを言い、また、後世に左舞として作曲されたものも含みます。
 基本的には、舞台への出方・出手(でるて)が左側から出ます。また、装束も「赤系統」のものを使用し、金色の帯を使います。
 右舞(うまい)は、右方の舞を略して言います。これは、右方、つまり、朝鮮半島を経由してのものを言い、後世に作曲されたものも含みます。
 基本的には、舞台への出方・出手が右側からでます。また、装束も、「緑系統」のものを使用し、銀色の帯を使います。

【走舞と平舞について】

 走舞(はしりまい)とは、舞の動きが激しく正に走り回るがごとき舞を言います。たとえば、蘭陵王(らんりょうおう)・胡飲酒(こんじゅ)・蘇莫者(そまくしゃ)などです。一人舞です。
 平舞とは、四人もしくは二人で舞ます。動きは、走舞ほどは激しくはないですが、逆にゆっくりした動きと間のとり方がむずかしいです。四人で舞振りを合わせるところも大変です。

【装束について】

 左方の襲(かさね)装束を着ます。幾枚もの衣裳を重ねて着るのでこの名が付いたといわれます。下襲(したがさね)・半臂(はんぴ)・忘緒(わすれお)・表袴(おもてばかま)・赤大口(あかおおくち)・鳥甲(とりかぶと)・踏懸(ふがけ)・絲鞋(しかい)・金帯(きんたい)の十点を身につけます。
 下襲には、いろいろな色合いの紋が刺繍してあります。現在の舞楽で使用する多くの装束は、その紋が「かの紋」です。装束史では、いま我々の使用している舞服は江戸時代の初めのころのものとほとんど同じです。もともと紋は、舞服を寄進した人がある程度自由に作っていたようで、自分の紋や葵の紋などもあったそうです。
「かの紋」は、どうも織田信長に関わりのある紋らしく、歴史的事実があまり分かりませんからはっきり判断はできませんが、戦国時代に雅楽や能や古来の伝統芸能を保護したことから鑑みて、舞楽と織田信長が関係する部分があるように思えます。
(by きっさん)
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