「散手(さんじゅ)」

散手
この曲は左方武舞の名作で、序と破からなる代表的な走り舞です。「陵王(りょうおう)」とも呼ばれます。 舞楽の中ではよく演じられる曲で、神社や演奏会などで見たことのある人も多いのではないでしょうか。

【曲の由来】

 神功皇后(じんぐうこうごう)が、新羅(しらぎ)との戦いの時に、率川明神(いさかわみょうじん)が船の舳先に現れ、指揮をとって敵を打ち破ったときの姿を模して作った曲と伝えられています。仁明天皇の御時(833~850)に、舞は大戸真縄(おおとのまなわ)が、曲は大戸清上(おおとのきよかみ)が作ったといわれます。
 また一説に、釈迦(しゃか)誕生の時に、師子頬王が作ったともいわれます。
 番舞(つがいまい)は貴徳(きとく)です。

【曲想と舞振り】

  この曲を奏すると地鎮まるとも言われています。
 別名「散手破陣楽(はじんらく)」といい、嵯峨天皇(さがてんのう・809~842)は、ことのほか、この曲を好まれたと伝えられています。
 毛縁(けべり)の裲襠(りょうとう)装束に面をつけ甲(かぶと)をいただき、太刀(たち)を腰に付け鉾(ほこ)を持って舞います。
 その舞振りは、当時の勇壮な武将の姿を見事に再現しています。左方一人舞の難舞の一つに数えられ、高い技術が必要です。
 この舞にしかない独特の舞手も数多くあります。特に、序は無拍節の曲のため、メロデーに合わせながら舞います。舞人と管方の呼吸ですべてが決まってしまう難曲です。殊に鉾を持って舞台後方中央より舞台全面 正面へ倒れて走る舞振りは、非常に面白く、散手にしか見られません。
 当曲に入れば、拍子に合わせて舞い、後半は四方で鉾を突く動作になります。これも面 白いです。

【装 束】

 この舞は、前述のごとく左方裲襠装束です。
 袴(はかま)は、差貫(さしぬき)とも言います。紅地唐織物で唐花文の地紋があり、白綾の帯があります。
 その上には、袍(紅地顕紋紗)を着付け、さらにその上に裲襠(貫頭衣・紅地の唐織物で唐花文の地紋があり、生絹の毛縁が付いている)を着けます。
 腰には、当帯(腰帯)を締めます。
 顔には、面(木製・朱塗りで眉と口顎に黒毛が植えてある。武将の顔といわれる。雅楽の面 の中でも大きなものなので大面ともいう)をかぶり、牟子をつけ、頭には甲(竜が玉 を抱いている姿を模したともいう)を乗せます。
 腰には、太刀(衛府の太刀)を下げ、太刀を結んだ平緒には、垂平緒(ドシ織で白と紫の淡染・鶴丸と鉄線が色糸で刺繍され、五彩 の房がある)が下がっています。
 手には、鉾を持ちます。
 面を着けて甲をかぶり、非常に重装備な舞の装束です。
 この舞は、近年あまり演奏されていませんが、たまに春日大社の若宮おん祭りなどで見られます。宮内庁楽部でもあまり演奏しませんが、学生の卒業の課題曲でもあるそうです。
(by きっさん)
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